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2010/03/24

雨ふる夜の旅する魂

 春になったと思えばまた冷たい雨で、そうこうしてるうちに、桜が咲くのだろう。


 気がつけば3月も終わってしまう。一年の四分の一が終わってしまう。

 日々の物事はダラダラとし、一向に進んでいない。わたしは昔からこんな自堕落な呑気者だったろうか。ぼんやり、そんなことを思う。このペースで日々を過ごしていたら瞬く間に五十歳になり、あれよという間に還暦をまわり、気がつけばすっかり髪も薄く皮膚と言う皮膚が垂れ下がった婆さんになってしまう。そして骨になり、父や母と同じ墓に合流する。そんなわたしの晩年を共に歩んでくれる人は在るのだろうか。骨を抱えて泣いてくれる人や献杯し思い出を語り笑ってくれる人はいるのだろうか。

 ぼんやりとはじめてしまったそんな考えのせいで、眠れなくなってしまった。


 22歳の時、制作をはじめた自主制作の映画が完成しないまま今年で三年が経つ。
 映画をつくるということは、情熱と集中と忍耐と熟考とが、よほどいるのだなと馬鹿みたいな発見をしたのは一体いつだったろうか。自分の紡ごうとした物語は何を語ろうとしているのか、それに一寸雑念が混ざってしまったが最後、手が止まり、頭を抱え、未熟さに自暴自棄になり、物語の語り口がわからない、そんな日々が訪れるのは間もなくだった。

 15歳の頃の話しをしよう。
 あの頃のわたしは家と学校の往復の日々で、仲の良い友達とくだらないおしゃべりに興じ、ろくに勉強もせず、部活の朝練なくなれと祈る、そんな毎日だった。毎日のように身体を動かし、汗をかき、短いスカートで、涙を流すほど笑い転げ、先生の変なあだ名が大好物で、好きな先輩を見て胸を高鳴らせる、そんな楽しいことがたくさんあった。けれど、その多くは体裁の為だったかもしれないと、今になって振り返る。高校時代をとびきり謳歌している女の子、というイメージを自分自身の外面に隙間なく張って自分を守っていたのだ。そのせいだろうか、当時の友人でいまも会っている人は誰もいない。
 あの頃、どちらかと言うとわたしの内面は梅雨が多かったと思う。いつもどこかジメジメとした焦りを感じていたのだ。むしろ、怯えに近かったかもしれない。いつかわたしの前に、周囲の同世代に流されない凛々しさをもつ『誰か』が突然現れ、わたしが必死に被った道化者の仮面を剥がしながらこう言うのだ。

 『お前はみんなの注目を集めることで、人と自分は違うんだって言いたいようだけど、俺はお前の本当の姿を知ってるぜ』

 よほど地に足ついた人でなければ、集団の中での比較にまみれた思春期時代はそんな自問自答の繰り返しだろう。自己顕示欲は自分を表現する能力を鍛える面もあるかもしれないけれど、他者の素晴らしさを認めることができないのも、思春期の、特に女の子の哀しい一面だと思う。
 わたしはあの頃、人と自分を比較することの無意味さや、偽りの自分自身を脱ぎ捨てる勇気、家族がくれる優しさや、その優しさの大きさに気がついていなかった。いや、もしかしたら、多少は気づきはじめていたのかもしれないけれど、集中して取り組まないと日々の雑多な出来事におし流されて、本当に大切なことはすぐに過ぎ去り忘れてしまっていた。そして、息つく暇もなく毎日を笑って過ごし、その反面で正体不明の焦りにつきまとわれ続けていたのだ。

 そしてある時、わたしは日記を書くことをはじめた。ただ、ぼんやりとしたまま特定できない自分自身の不可解な感情に言葉をあてがうことで、自分の10代の日々を整理し、記録し、理解しようとしたのだと思う。
 ほとんどは独白のようなものを書いていたが、時には日々の不可解な感情を架空の物語にすることもあった。『この先、自分が歳をとった時、10代を振り返る為に当時の日記を読み返すかもしれない。過去を振り返る時は、たいてい寂しい時や不安な時や、帰路に立たされている時や、ターニングポイントにいる時だから、そんな未来の自分を少しでも楽しませてやろう』そう、思ったのである。
 書きはじめて数ヶ月がたつと、独白でも物語でも、うまく書けるようにしたいと思うようになった。そして読みやすい文章をうまく書くためには、感情や思考だけではなく、五感を刺激するような情景や匂いの表現があった方が、文章を読みながら想像しやすいのだと気がついた。全体の流れや構成を気にしたり、視点も変えることもあった。自分の日常や思考を、”自分ではない他の誰か”が語っているように書いてみたりもしていった。

 何よりも楽しかったのは、書いた翌日にそれを読み返した時だった。朝起きて、学校に行って授業を受けて部活をしたあとに忘れていた『昨日の気持ち』が、ひとつの物語のように思い出せたり想像できると、とても嬉しかった。自分という、たった一人の読者を楽しませるための努力だが、読みごたえのあるものが書けるようになっていくのが、とても面白かったのだ。
 それからと言うもの感情が動く時はいつも、あとで詳細を描写できるように、その時の情景にある色彩や匂いをじっくりと見つめて、メモのように記憶するようになった。
 『学校の帰り道/夕暮れの中/友人と下校/気まずい/なぜか?/痛々しさと甘さ/オレンジ色/まぶしい/どうでもいい会話/きっと本題は別にあったはず/お互いに/商店街通り/人はまばら/コンビニの自動ドアのチャイム/おでんの良い香り/スカートを短くしすぎた/寒いのは膝がでているから/本当にそれだけ?』それを、家に帰ってから文章として書いてみる。15歳から17歳までの高校時代、日記を書き続ける日々の中、わたしはそんな作業を繰り返していた。

 16歳になる頃、『日記を書いて自分で読みながら、頭の中で印象的なビジョンを思い描いているけれど、その《ビジョン自体》を言葉にしたら一体何なのだろう?』と考えるようになった。そして、それがわたしにとっては『映画』だった。この『映画』という言葉を自分の中に取り込んだら、なんだかしっくりきたのだ。
 そして17歳、映画を以前よりもたくさん観るようになった。高校卒業後には映像の専門学校に通い映像と映画について勉強することになるが、いざ振り返ってみると、日記からはじまり映画を選んだことは、わたしにとってすごく自然な流れだったように思う。

 これを書いている25歳の今日まで、それなりに色々なことがあったが、それでもわたしは16歳の頃から『映画のこと』を考えてきた。だから、初めてつくろうとした映画は、今まで過ごしてきた日々でみつけたビジョンの結集なのだろうと思う。だからクランクインした三年前のあの頃、22歳、ようやく自分の一本目の映画がつくれることに興奮し、想像と創造が目一杯につまった全速力の日々をおくっていた。



  《今はどうだろう》



 わたしは映画の完成のために考えなくてはならない諸々の事柄を真っ直ぐ見据えるのが、恐ろしくなっている。三年前、いや十代のあの頃に持っていた勇気はどこにいってしまったのだろう。



 《怖い、怖いのだ。とても怖いのだ》



 映画の物語を構成することへの行き詰まりを感じるたびに、自分の非力さに緊張し、手足は冷え頬は火照り、冷や汗がたれる。映画を制作しはじめた当時、わたしはきっと自信があったのだと思う。完成しないかもしれない、なんて考えも及ばなかったのだ。ただ、できると信じて疑わなかった。
 では、今はどうか?映画を完成させるために考えなくてはならない諸々の事柄や、映像編集に根気強く取り組むことが恐ろしく、今のわたしは思考をフリーズさせている。生産性のある作業を何もせず、日々の余白の中に、多種多様な『雑音』を埋め込んでいるのだ。テレビをただぼうっと見ていたり、ベッドの中に沈んでしまったように何十時間もずっと惰眠をむさぼったりしている。日々の生活に関する物事もどうでもよくなり、生活は荒れ、暴飲暴食をし、昼と夜の生活は逆転し、無力さに打ち拉がれながら夜にフラフラ出歩き、自己破壊気味なナルシストを演じている。つまり、魂が腐りはじめているのだ。そうして、ただ、時間が過ぎるのを待っている。『何か』を待っているのではないと思う。映画と物語に関して思考しない自分自身の姿に、気がつかない振りをして、他人の振りをしているのだ。自主映画に関わってくれた、たくさんの友人・知人たちへの感謝と、それと同じ量の申し訳なさから隠れるように。



  《これは、逃げなのだ》



 それは、わかっている。けれど『雑音』に身を任せていれば、自分で考えなくていい。常に受け身であれば、右から左へ、前から後ろへ、上から下へと物事は通り過ぎてくれる。

  《これはなんて楽なのだ》



 自分は止まっているだけで良いのだから。



  《これはなんて楽なのだ》



 思考の余白を埋め尽くしていく『雑音』が始終出入りを繰り返していると、あたかも自分が何かを思考し行動しているような錯覚をくれる。『これは何だかとても良くない状態だぞ』と、身体のどこかから自己防衛ボタンが危険信号を発しているが、『雑音』の中で楽をすることは自分を誘惑し続け、なかなか抜け出せないでいる。
 自主映画の完成とわたしの魂は三年間もの長い間戦いを続けていて、今月は特に映像編集がうまくいかず、やり込められて、投げ出すか続けるかの土俵際で、ジリジリと爪先で粘っている状態でいるのだ。そして
今夜も同じように何も作業が進まず、雨が降る窓の外をぼーっと見ていた。

 しかし、小さな変化が突然やってきた。
 わたしを埋め尽くしていた『雑音』たちよりも、部屋の外の雨の方が音が大きかったからだろうか、わたしは、数ヶ月ぶりにゆっくりと長い思考をしていた。自分の非力さを目の当たりにする恐怖もなければ、それから逃げない為に息を止めてじっと我慢する忍耐も必要なかった。なぜか10代のあの頃のように、ただシンプルに、すごく建設的に、自分の映画と物語について考えることができた。


  《考える時間、読む時間、書く時間が必要なのだ》
 

  《シンプルに自分と対面する時間が必要なのだ》


 自分はなんて馬鹿者なのかと我に返ったのかもしれない。無気力を生み出している原因は『雑音』であり、それを呼び寄せてしまったのは自分の逃げ腰だったのだと気がついたのだ。
 『雑音』は、わたしの生活にスルリと入り込み、道徳的な日常生活をおくる為のわたしの平衡感覚を惑わせ、あげくエイリアンのように体内に寄生して、わたしの物語ることへの魂を少しずつ蝕みながら、身体の中でブクブクと太り、わたしの思考と肉体を乗っ取りはじめていたのだ。そういえば、自分がどんな顔をしていたか思い出せなくなっている。なんということだろう、自分の顔が思い出せないのだ。
 この恐ろしい『雑音』が自分自身の魂を殺す前に、思考する為の余白を取り戻さなくてはならない。思考は行動を促してくれるし、その逆もまた然りだ。


  《
『雑音』を遠ざけ、一人で考える時間が必要なのだ》


 これまで経験してきた、たくさんの記憶と、感情と、出逢いのビジョンは、わたしが書いてきたささやかな日記の中で言葉をあてがわれ、いつしか一つの大きな物語になろうとしていた。そしてその物語は、キャメラを通して色彩を手に入れ、役者という存在たちが登場人物の肉体と感情までも与えてくれた。こんなに素晴らしいことがあるだろうか。こんなにありがたいことがあるだろうか。だから、たとえどんな結果になったとしても、何度、自分の無力さに耐えきれなくなっても、『雑音』に打ち勝って映画を完成させなければならない。さもなければ、今日に至るまでの自分の人生に起きた、何千ページにも渡るヴィジョンの全ては、白紙になってしまうだろう。しかも、真っ白ではなく、消しゴムで消したように、汚い痕を残しながら。
 自分のふがいなさを痛感したとしても、何もなかったことにしてはならないのだ。くる日も、くる日も、思考という旅に出て、ビジョンを手にしていた頃の魂を、もう一度取り戻し、再生させなければならない。


  《旅する魂よ、今のわたしに宿ってくれ》



 先のことはわからない。けれど今夜の思考を残さないと、と思った。
 
だから、雨がふる夜にて記す。

 ここから、全てを、もう一度はじめよう。