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2011/02/23

JJに遭遇したのは本当です

 先週、流行りの風邪にかかってしまった。

 インフルエンザ・お腹からくる風邪・高熱・ノロウィルスなど人によって色々と症状はあるが、わたしの場合は喉だった。しかも症状には数段階のモデルチェンジがあったから腹立たしい。
 段階1は喉の痛み、ひたすらイガイガし激痛を伴う痛みだった。それでもテンションをあげれば忘れられる症状。段階2は止まらない痰と咳そして肺の痛み、咳を しすぎて どうにも器官が痛く、止まらないゴホゴホで、夜もなかなか寝付けないおまけつき。この時点でテンションの維持はだいぶ困難になってきていた。そして最終段階、声が出なくなってしまった。はじめは自嘲を込めた笑い話ですんでいたが、最終段階に入ってなお、わたしの声帯はモデルチェンジを繰り返していく…「lady GAGAみたいな声になった!」「仁鶴師匠みたいじゃない!?」「スリムクラブの人みたいな声になってしまった」「●×…………」最後の最後では、まったく声が出なくなってしまったのだ。
 遠回りになったが、今日書くのは声帯を潰したあとに起きたことと、そしてそれにまつわる不思議な件について。

 声がまったく出なくなった日、勤め先でのわたしはすっかり役立たずで、会議でも話せず社外からの電話にも出られないため、早めに退社させてもらうことになった。社内にいた時は声が出ないだけだったのに、最寄りの駅にたどり着いた頃には、体調が悪化し、視界がまわって真っ直ぐ歩くのも困難になってきていた。あとで分かったことだが、この時すでに、かなりの高熱だったらしい。しかし、夕暮れ時の帰り道を家に向かってとぼとぼ歩いていた時は、「あたたかいお茶でも飲んで一晩眠れば治るだろう」という程度の軽い気持ちでいた。というのも、わたしは子供の頃からあまり風邪をひいたことがないのである。そのせいか、自分の体調変化にことごとく鈍感なのだ。ただ「だるいなあ。喉が痛いなあ。なんでだろう?」と心の中で繰り返しつぶきながら、家路をとぼとぼ歩いていた。
 普段、わたしは道を歩く時、音楽を聴きながら5mほど前方を見て歩いていると思う。けれど、この日は体調不良のために、だるさのあまり俯いていた。何かが付着して汚れてしまった、買って幾ばくもたっていないお気に入りのブーツの爪先が、右、左、右、左と機械的に視界に入ってくるのをひたすら数えながら、なんとか歩行を持続させていたような気がする。
 ひたすら歩いていると、突然、足元に向けたわたしの視界に、自分のものではない黒い靴が飛び込んできた。一瞬ドキリとしたものの「ああ。そうか、横断歩道ね。誰かが信号が変わるのを待ってるんだ」と思ったわたしは、履き込まれた風合いのその黒い靴の隣りに、並んで止まることにした。黒い靴はわたしの視界の端に入っていたので、顔をあげるのもめんどうくさかったわたしは黒い靴が歩き出すのを待っていた。信号が青にかわった合図にしようと思ったのだ。けれど、なかなか信号はかわらないようだった。体調が悪かったためか、待っている時間が異様に長く感じられた。赤信号でわたってしまいたい苛立ちを覚えたが、合図をくれるはずの黒い靴は微動だにせず止まっていた。余計なことを考えれば体感時間に注視しなくてもいいと思ったわたしは、黒い靴からすらりと伸びた細長い2本の足を、下からゆっくりと見あげていった。
 そこに立っていたのは、ジム・ジャームッシュだった。

 ミニシアターで映画を観たことがある人にはお馴染みだろう。もしくは、音楽畑から名前を聞いた人もいるかもしれない。ジム・ジャームッシュは、アメリカの映画監督のことである。スタイリッシュな映像と、アウトローな登場人物たち、ユニークな物語を皮肉っぽくオフビートに語る作品スタイルが印象的で、芸術系の学生とかバンドマンなどに絶大な人気がある。ある意味で、ジャン・リュック・ゴダールと並ぶくらい『好きって言えばおしゃれ』とされてしまう映画界のスタイルアイコンではなかろうか。ちなみに、芸術学校出身のわたしは、ご多分に漏れず、ジャームッシュの影響をもろに受けた人間だ。
 自分の生活圏内に、何の前触れも準備もなく有名人が飛び込んでくると、多くの人はどのようなリアクションをとるのだろうか。呆然とするのか、歓喜するのか、好奇心旺盛な人なら思いきって握手を求めるかもしれない。それとも、必死で平静を装い「わたしは別に驚いてないけど、友達に教えてあげたら喜ぶだろうし、一応ね」といった態度でもって、こっそり携帯電話で写真を盗み撮る暴挙に出るのか。そのどれにも該当しなかったわたしがとったのは、大多数とおそらく同じであろう凡庸な行動だった。もっと正直に言うと、行動と呼べるかどうかも怪しく、ただ「ぁ…。」という声が口から漏れただけ。それが『声』か、はたまた身体から出てしまっただけの『音』なのかも分からないほどだっただろう。冬のビル風に吹かれれば、一瞬で掻き消されてしまうほど、小さな声だったのだ。とにかく、わたしはジム・ジャームッシュに遭遇してしまった。

 ジャームッシュは、全身黒ずくめの格好をしていた。ウェリントン型のレトロな黒いサングラスをかけ、嵐に遭ったように逆立った白髪に、病的なほどの真っ白な肌。ひと際目立つピンク色の大きな唇。どれをとっても、写真でみたことのあるジャームッシュでしかなかった。
 「日本の、しかも埼玉県にいるはずないじゃん」と言ってしまえば、話しは簡単だろう。しかも彼は大の外出嫌いだと何かのインタビュー記事で読んだこともある。一生にそう何度もマンハッタンを出たことすらないかもしれない。けれど、わたしはこの日の出来事を、少しウキウキした気持ちで「ジャームッシュ事件簿」と名付けることにする。夕暮れのオレンジと夜になりはじめた空の濃い青が混ざった、人もまばらなベッドタウンの風景の中、気だるい感じで信号待ちをしていた彼は、何とも言えず美しかったのだ。

 ここで、意識が途切れるー。
 次にわたしが覚えているビジョンは、饅頭のように柔らかく微笑む年寄りの顔面だ。わたしは冷たい聴診器を胸にあてられ、「息を吸ってくださーい」と言われていた。6畳ほどの狭い診察室の壁は無機質で、異常に白かった。年配の看護師さんが、せわしなく部屋を出入りしていた。
 「念のため写真をとりましょうねー」と笑って言いながら、おじいさん医者はわたしの肺のレントゲン撮影に2度も失敗した。「風邪と気管支炎ですね、熱もかなり高いよ」と言われ、診断をくだされた。貧血気味だったので、帰る前に別室で点滴を受けることになった。わたしは医療ベッドに横になり、点滴の管をじっと見つめながら、ジム・ジャームッシュに会ったのは夢だったのかと考えていた。