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2011/08/31

サイケデリックスパークル

《 Psychedelic Sparkle 》


 いつもの深い夜、わたしは部屋に横たわっていた。

 音楽を聴くために、小さな照明が幾重もの帯影をつくる天井を見つめながら、横たわっていたのだ。これはあたかも儀式のようだが、何のことはない、ただの癖だ。
 ヘッドフォンから流れ込む爆音の音波でもって、脳みそへの刺激がスパークを連鎖させて、音楽が身体中の血流を暴走させる。ミクロな細胞の一粒一粒が、列をなして歓喜していく鮮明なイメージがわたしを埋め尽くしていく。音楽を聴いている時は感情の覚醒状態が持続しているようで、ハイのままどこかへ落ちていってしまいそうになる。貧血の時に少し似ている。 

 わたしは自分の人生のことを考えている。
 くる日も、くる日も。

 彼女や彼やあの子や君のことも考えてもいる。
 くる日も、くる日も。くる日も、くる日も。

 ヘルシーな平穏に慣れてきたこの頃では、破れかぶれで小心者の無鉄砲だった頃の自分がまるで他人のようだ。しかしこんな深い夜には特に、過去の自分がすぐそばで部屋に横たわったわたしを見下ろしているような存在感を感じる。気配がするのだ。全身の産毛がざわめくのだ。
 何もかもはいらないと数歩進めば気がつくのに、いつだって、何かが誰かが羨ましくて何もかもが欲しくて何もかもになりたいとさへ思う。ひとつの欲望というものは、ちょっとした刺激でパチンと消滅してしまうシャボン玉のようにもろいのに、際限なく出現してくる。(はて?自分の中の、どこから?)遠目で見ていれば、とても儚く美しいのに、近づけばギトギトした虹色に光っているシャボン玉というものは、再現なく出現してくる。(シャボン玉なんて使い古された言い回し反吐が出るのに)

 次男のイワンは、末のミーチャにこう言った。
『つまり、彼は荒野でみずから草の根を食し、自分を自由な完全な人間にするために、肉欲を克服しようと必死にはげんできたのだが、それでも生涯を通じて人類を愛しつづけ、あるときふいに開眼して、意思の完成に到達するという精神的幸福などたいしたことはないと気づいたのだ。』

  《あれも、これも。あれでもなければ、これでもないのか?》

 毎日、何かに気がついてはまた考え、また探しはじめる。くる日も、くる日も。
 
 しかし今夜はだめだ。だから、サイケデリックに身をまかせてスパークしてしまおう。


Tonight Playing - - -
 Friendly Fires『Live Those Days Tonight』
 MGMT『Electric Feel』
 Vanilla Fudge『You Keep Me Hangin' On』

2011/08/15

5枚のレコードと未知について

《 ユルゲン·フォンマンジェ·ケーニッヒ / 『母キラー』いったいどんな内容? 》


 わたしは五枚のレコードを持っていて、レコードプレイヤーを持っていない。


 そのうち二枚はもう七年聴いていないし、三枚は一度も聴いていない。それは叔父にもらった二枚と、ベルリンの蚤の市で買った三枚だ。

  1. 死刑台のエレベーター

  2. ボブ・ドロウ
  3. ベートーベン
  4. おじさんの絵のドイツのコメディレコード
  5. ニューオーリンズジャズ

 どこかで聴けないか、策を練ろうと思った。部屋の中に音楽があるのに、その正体を知らないというのは不運だろうから。同様に、部屋の中に小説があるのに、まだその物語を開いていないものも数冊ある。これもやはり、残念なことだろう。

 「いつか必要さ」といった類いの、雑な衝動がもたらした産物は、物欲の象徴としてのインテリアと化してしまいがちだったけれど、歳を重ねるごとにそういった欲望の歪みは少しずつではあるが、薄まってきたような気がする。そしてこうした変化は、精神的安定と妙な清々しさをわたしにもたらした。『
多くのものを持たない』 というミニマルな姿勢が、日常時間に丁寧さという雰囲気を生み出すのかもしれない。


 20代の前半の頃は、何かとてつもなくハイな集中力のバイオリズムが、わたしの心と身体の基盤にあったように思う。物事を探求する時に必要な、穏やかでたっぷりとした思考のアプローチや、ライフスタイルにおける本来的な居心地の良さを重視せずに、何かにつけてただその瞬間の情熱的な勢いに任せた行動を繰り返していたような気がする。

 長かったハイテンションの20代前半がようやく収束し、始まったばかりの後半を過ごしている今年、自分が意外にも静かな人間だということを発見した。もっと詳細に表現すると、静かであってもまったく困らない人間、だということを発見したのだ。これは、とても面白い発見だった。だって生まれてから今まで、自分の静かな一面を意識したことがなかったからだ。いつも、物静かな人の佇まいに憧れてはいるけれど、気を抜くとすぐに、わたしはひょうきん者になってしまうからだ。

 それから気がついたことがもう一つある。今まで何気なく繰り返していた習慣に意味があることも気がついたのだ。

 たとえば朝という時間。とにかく、どうしても誰にも会いたくなくて、何も見たくなくて、何も聴きたくなくて、ただ静かに目覚め、食事をし、身支度をし、家から出かけるための勇気の準備が必要だ、とかを発見した。

 当たり前にそこにあるのに、よく知らないことで、わたしの生活は埋め尽くされている。妙な話だ。

 今夜は、しばらく聴いていないレコードや聴いたことすらないレコードを部屋に並べて、『未知』について考えていた。

2011/08/11

Can’t Take My Eyes Off Of You

誰も彼も、恋して。
もっと恋して。

恋する気持ちの高鳴りを忘れてはいかん。

好きだと叫ぶのだ、もっと好きだと叫んでいいのだ。
もっと恋していいのだ。

大人になって、一日が24時間の終わらないサイクルの繰り返しになって、
くすみ出してしまった胸の高鳴る場所のありかを、さあ思い出すのだ。

さあ、とりもどすのだ。さあ、高鳴らせるのだ。

誰も彼も、恋して。
さあ、恋して。
もっと、恋して。

恋すれば、24時間でまわっていた世界が激しい色の連続に溶け出して、
日々の全てを馬鹿みたいに祝福したくなるほどの幸せな気持ちで満たされるから。
そしてあなたは美しくなるし、少し優しくなるだろうから。

たとえ愛情まで知ることできなかったとしても、
身体のなかにそなわっている恋がはじまる特別な場所を固くしてはいかん。

愛することを知るには、急がなくていいから。
きっとね。
それは突然訪れるから、きっとね。

誰も彼も、恋して。
もっと、恋して。

2011/08/01

やかましい連中のすみか騒がし

 言葉というものは、沈黙を守っている時ほど体内でやかましいものだ。

 やかましい連中は好奇心旺盛なので、お呼びがかれば何度だってすみかから飛び出していく。何度活字を着せても、声に乗せて飛ばしても、表現鮮度を失いこそすれ本人達はなんのことない、へっちゃらで、何度だって飛び出して行く。何度だって。

 連中は、たとえ飛び出した先で傷ついても、それも含めて自分の仕事だって理解してるから、わたしの意識を置いてきぼりにして、勢い良く飛び出していく。怖くないのか?わたしはこんなに発言を恐れているのに。
小さいけれど安全なすみかから出て、外の世界と出逢いその大気と混ざり合って、何重奏にも響くことができた言葉連中がいる反面、大気に触れたら実はハリボテだったと判った言葉連中もいたりする。

 そのどちらにもウンザリして沈黙していたら、連中はますますもってわたしの体内のすみかで、騒がしい。

 どうしろと言うのだ、どうしろと。
 無垢な発言者たちが好奇心旺盛で、ほとほと手を焼いている。