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2013/12/31

今年よ、あばよ


《 台所の飾りは、器用な父が毎年つくっています 》



いよいよ今日は2013年の大晦日。

すべりこみセーフですが、なんとか大掃除も終えることができそうです。

まさかまさかの大どんでん返しでした。

少し掃除をはじめたら、家族全員に火がついて結局大掃除になったのです。
おまけに昨日は断捨離も大々的におこなうことができました。やったー。


***



『健全な精神は健全な肉体に宿る』なんて言いますが、それはきっと本当ですね。


すっかりお正月休みムードで、のどかな我が家であっても、

規則正しい生活と、丁寧な衣食住、気づかい合う家族間のコミュニケーションによって
5歳の甥を含めた家族全員が、今とても、のびのびとした健やかな気分なようです。

毎日の日課として運動不足解消の為の長距離散歩と、お正月の買い出しと、

年明けの書き初めに備えたお習字の練習も、各自が熱心にしています。

大々的な正月や、親戚が集まる賑やかな正月、伝統的な正月など、

そのどれにも当てはまらない我が家の小さな正月ですが、
とても素朴で日常的で箱庭のような規模が、なによりも心地よいです。

それから、

家族全員が2013年をそれぞれに整理整頓し、過労を癒し、
大晦日を前にラストスパートで雑務を終わらせているので
家全体に森林の中にいるような新鮮さや、
冷水で顔を洗った後のような潔い雰囲気が満ち満ちています。



わたしも、ここ3年ほど仕事で正月を家族と共に迎えられなかったので

両親二人きりの正月が続いていましたが、
今年は嫁にいった姉や甥も含め全員が我が家で一緒にいられます。

それだけで、2014年は素晴らしく健康で明るい年になるような気がします。


どんな時もどんなことがあっても、

明日も明後日も家族は家族なのですよね。

大人になると忘れがちな自分自身の根源に気がつくゆとりを持てる今冬でした。



***




さいごになりましたが、

みなさま今年はたくさんのご訪問ありがとうございました。とても嬉しかったです。

『文章を書く・写真を撮る』という、思考の排出に使っていただけの欲求が、

みなさまのご訪問を受けて、いつしか『見てもらうとは、どういうこと?』という
新たな楽しみや挑戦にかわっていきました。
仕事ばかりの日々では忘れがちな、ものごとを解釈する『視点』について熟考する機会を得られたことは、ここ数年、想像や創造におけるボンヤリとしたスランプに陥っていたわたしにとって、心からありがたい経験でした。
今後とも、ブログを続ける限り精進いたします。


また来年もきっと変わらず、半径3メートル以内の日常風景が題材ですが、

できるかぎり想像力を刺激する写真と、できる限り率直で丁寧な文章を
小まめに更新していければいいなとおもっています。


それではみなさま、良いお年をお迎えくださいませ。






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2013/12/29

おわってない人 手ぇあげて

《 図書館にいると気分が良い 》


自宅の大掃除がおわっていません。おーまいが。


日々の片づけや簡単な掃除はするようにしていますが、

換気扇掃除、お風呂場のカビとり、床みがき、窓ふき、埃とり、

いらない食器の片付け、衣類の選別、リビングまわりの不要品を捨てたり、

靴みがきや、銀行で通帳記帳とかも済ませてしまいたかったのにおわってないです。

それから目標だったマイナス3kgのダイエットもできていないのです。


おわっていないことや、できていないことばかりありますが、

行政関係の手続きにいってきたり、帰りに図書館に行けたり、英語の勉強はしました。

大掃除は、この際あせらずできる範囲でやることにします。


それでいいのか? それでいいのだ。





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2013/12/23

そんなこともあるけど明日も家族だ

《 HOME MADE CAKES / EARLY CHRISTMAS PARTY 》



顔を揃えて幸せを笑い合えるはずの場であっても、
それぞれの持ち寄る気持ちがちょっとずつ複雑な場合は
望んでいなくても、どことなく不穏な雰囲気がひろがってしまう時もあります。


 そんな時もあります。


コミュニケーションの歯車が、気がつかない程度に少しずつずれていって、
小さな摩擦を繰り返した末に歯車から火花は散ってそれが火種になって、
なんとか火を消したいのにすでに手遅れで、
最後には灰色の煙があがることもあります。


 そんなこともあります。


どんなに優しく賢い大人が集まっても、
それぞれの愛情が強いほど、喜怒哀楽は誇張して感じられることもあります。


 大切な人が相手なら、そんなこともあります。


わたしの火は、鎮火するまでに4時間もかかったけれど、
激情におしながされる寸前で、
お風呂の中でじっくりお湯につかりながら相手の状況をもう一度考えてみたら
怒りは理解になりましたとさ。


 はー、しんどかった。


でも、これで今夜は悪夢をみなくてすみそうです。

人を気にかける時は、ちょっと遠目の、しっかり線を引いた位置からでないと
本質的には優しくないのかもしれないですね。そんなことを思いました。


 『ブラジルのひと、聞こえますかー』






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2013/12/20

かしこい目玉焼き

《 バランスを整えたようで実はおさまりがわるい。心と一緒。》



関東は雪がふりそうでふらず、2日間も冷たい雨がつづきましたね。

そういえば今週は満月でした。

新月は新しい目標や願いを立てて、
満月には達成できたことの確認などをすると良いといいますよね。

先月から、なにか成長したことはあったのかしら? むむ。


今週は寒さもいっそう極まったので
なかなかアクティブ全開とはいけなかったのですが、
もう年の瀬なので、
やらなきゃいけないことがある人はめいっぱいやって
そうでない人はゆっくり1年を振り返っても良いのではないかと思います。

わたしは今日とりあえず、
朝ご飯にゆっくりコーヒーを淹れて、マフィンと目玉焼を焼きました。
ごはんをちゃんと作ると、日々の鬱屈としそうなことも風通しがよくなるものですね。

丁寧な生活、丁寧な心づかい。

うーん、目玉焼きを焼いたらちょっと賢くなれたなあ。




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2013/12/18

わたしは君のかわりにはなれないけれど


《 飛行機雲 きえちゃった 》


世の中は、わたしに見えていたよりも数倍複雑で

大好きな人たちは、わたしがわかっていたよりも数倍苦しんでいた。

ついにそういった現実世界の当事者に加わったような、密度の濃い数日間だった。


無敵な人は現実にはいないから、

仮面ライダーやウルトラマンは存在するのだろうか。


いろいろと大切なことを考えていたはずなのに、

姉の通う病院前の公園でベンチに座り、飛行機雲を見ていたら忘れてしまった。


ただ、たくましくなりたい、

やさしくなりたいと思っていたのだけは覚えている。



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2013/12/15

ジョン・カサヴェテス今夜も我に語りき

《 悠々として、急げ 》


ジョン・カサヴェテス 05
映画を作るときは、全然保守的じゃない。僕は違う。でも映画を編集してるとき、突然「ああ、そうだ。これを映画みたいに見えるようにしたい」と思う。それからひどい悩みを抱え込む。

ジョン・カサヴェテス 11
誰もが勢いにまかせて演じるけれど、ジーナはひたむきで純粋なんだ。映画的かどうかとか、キャメラがどこかとか、見栄えがいいかなんてことは気にしない - ただ本物らしく見えるかどうかだけを気にするんだ。

ジョン・カサヴェテス 13
ぼくは爆発するヘリコプターなんて見たことがないし、誰かの頭を吹っ飛ばしに行く人間なんて見たことがない。なのにどうして、ぼくがそんな映画を作らなきゃいけない?でも、ごく慎ましく自己破壊している人たちは見たことがある。



***


 今夜、寒い夜の六本木へ出かけた。
 コートのポケットに両手を入れ、背中を丸めたまま、近所のY氏と肩を寄せ合って歩いた。人々の発する自分勝手な忙しさにぶつからないように、人混みの中を慎重に通り抜けた。
 街の至る所に休息所はあるのに、そのどこにも自分の居場所はないように思えた。そんなわたしの胸中を知ってか知らずか、Y氏はわたしを介助するように優しく腕をからませ、しっかりした足取りで目当てのライブ会場まで歩き続けた。そしてレッドブルウォッカをそれぞれ1杯飲み、興奮した観衆の中で一緒に音楽を聴きながら、身体を上下と左右に揺らした。
 今から3時間ほど前、日付が昨日から今日にかわる頃、わたしは家に帰ってきた。
 できるだけゆっくりとした動作で分厚いコートを脱ぎ、それをウォークインクローゼットにしまうと、わたしはすぐに風呂に入った。浴槽に張られた生ぬるい湯の中に沈み込み、天井についた水滴の数を数えていると、今夜のライヴの内容をほとんど覚えていないことに気がついてしまった。
 そして風呂からあがり、寝具を整えてから、日記帳に挟んだままにしたジョン・カサヴェテスのメモを読んだ。

 ぼんやりとした不安を抱えていると、感受性は思うように機能しない。それは、雑にとった出汁では美味い味噌汁が作れないということに似ているような気がする。
 カサヴェテスのメモを読み終わり、これを書いている今、わたしの部屋の灯りは暖かい色をしているし、心も暖かさを取り戻しつつある。けれどわたしの足首から先は、凍ったように感触がない。なのでそろそろ布団に入り、灯りを消して、足を暖めようと思う。明日からはまたひとりで歩けるように、それが肝心だ。むしろ、わたしが誰かを先導してあげられるくらい地面を踏み締めて歩こう。


***



ジョン・カサヴェテス 08
僕は曖昧に書く。曖昧な台詞を……。言葉はあるけど、必ずしも結論を出す必要はない。分かるかな?それだけのことなんだ。脚本の中のごくわずかな箇所でしか……、言葉は究極の意味を持たない。



***


▶過去ログ参照
13.7.10 ジョン・カサヴェテスかく語りき 




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2013/12/13

{ 鳥より } メンテナンスのおしらせ

《 あそこまで あがろう 》



おこしいただきました方、ありがとうございます。

はじめましての方も、ありがとうございます。

《鳥》とりです。


本日12/13(金)〜12/16(月)の4日間にかけまして、
ブログ全体の動作メンテナンスをやらせていただきたいとおもいます。

共有動画・音源のリンク切れや、文章の誤植修正なども含むため、
ブログランキングサイトさんなどにリンクが張られている過去記事の一部が
ブログ内で表示されなくなっています。
せっかくご訪問いただいたのに、まことにすみませんです。

加えまして、
再び記事を掲載する際には、少しでも読みやすい文章にさせていただきたく
加筆修正などもするかもしれません。まことにあしからず、心から。


2010年から書きはじめ、
誰の目にもふれない個人日記のようだった『鳥いま覚えがき』だったのに、
この秋冬は読んでくださる方が以前よりもずっと増えているようで、だいぶ戸惑っております。

でも本心では、シンプルにありがたいです。
うれしくて、頬赤らめております。あとんす。


  コンクリ校舎、教室の窓辺にひとり佇み、

  学ランのポケットに両手を突っ込んだまま

  《俺は、俺なんだ》と、

  必死にクール気取ってたのに

  『お前もサッカーやる?』って誘われたら

  嬉しかった。

  ゴールキーパー役でも。


みたいな気分です。あとんす。
これがブログをやるという楽しみなのですね。やっと知りました。
みなさまのご訪問が励みになっています。


  友だちはいないより、いたほうがずっと楽しい。


読んでくださってる方々への感謝をこめて。

かしこ


《鳥》とりより

2013/12/09

{ Fashion } MR ETHAN HAWKE / by MR PORTER



《 THE LOOK MR ETHAN HAWKE 》




 イーサン・ホークが好きで好きで、昔から好きで。

 数年前のニューヨーク滞在中には、お金もないのに彼が主演した芝居を2回も観にいってしまったほどです。彼が書いた小説も何度も読みました。何度も挫折しながらも、英語のペーパーバックを買って読んだのです。数少ない、思い入れの強い俳優さんです。


 『わたしはイーサン・ホークという俳優のどこに惹き付けられるのだろうか』と、ふと考えました。彼が演じるあらゆる世代の男性像の、皮肉屋っぽい笑顔や、神経質で早口なのにユーモアあふれる喋り口、時折見せる女性をうっとりさせるようなイノセントな佇まいや、激しい怒りや狂気、苦悩を覗かせる眉間が好きです。そして、そんな影のあるどこか自暴自棄で繊細な雰囲気こそ、彼が本当に素晴らしい俳優であり、愛に関する淡い痛ましさを表現し続けてきたという証明なのだと思っています。


《 My Heat-Throb 》


 今回ピックアップしたいのは、彼の出演作品ではなくて、POTERのメンズラインMR POTERから、イーサン・ホークのインスパイアセレクト企画です。これは来年、日本でも公開されるリチャード・リンクレーター監督の映画『Before Midnight』に関するキャンペーンの一環なのかもしれません。もちろんジュリー・デルピーと共演していますし、脚本もリンクレーター監督とイーサン・ホークとジュリー・デルピーの、前作でアカデミー脚本賞受賞したトリオで書かれているようです。Before Midnight 1/18~公開


MR ETHAN HAWKEのキャンペーントップページには、本人出演によるイメージ写真が数枚掲載されているのですが、どれも本当に素晴らしいです。
 ほとんどの場合、素晴らしい俳優は雑誌のファッションモデルとしての才能がある気がします。”何気なさ” の表現が、とてもキマっているように思えるんですよね。(ショーのウォーキングはやっぱり難しいかもしれないけど。)

▶過去ログ参照
2013.1.24 { Fashion } PRADA Men's Collection 2012-2013 Fall Winter





英語ですがロングインタビューも掲載されています。
 英文インタビューが苦手な方も、わりとカジュアルな文面だったので、辞書をひきながら読んでみてはいかがでしょうか。わたしは、自分のつたない英語の勉強の為にも、頑張って何度も読み返しています。インタビューのラストが、ちょっと笑えますよ。


イーサン・ホークの出演映画、個人的には『Dead Poets Society(いまを生きる)』『Before Sunrise(恋人たちの距離/ディスタンス)』『Before Sunset(ビフォアサンセット)』『Tape(テープ)』あたりが、とても好きです。日本でもDVDで発売されています。


 でも、舞台で観た、生のイーサン・ホークの芝居がいちばん感激したかもな。

 いつか彼のシェイクスピア劇を観るのが、わたしの憧れの贅沢のひとつかもしれません。



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2013/12/08

Fについて

《 六本木一丁目にて語らう 》

 不思議なオーラをまとった人というのは、本当にいる。

 2013年がもうすぐ終わろうとしている12月。数年ぶりにゆっくりとした年の瀬をむかえているわたしは、これまで週末仕事をしていたので、平日にお勤めをしている友人たちとはなかなか会えないままだった。休暇中のわたしにしばらく暇ができたので、先週木曜の夜にFに会いに行ってきた。
 そして今夜は、Fについての話をしようと思う。

 Fと会う時はたいてい突然に予定が決まるけれど、その予定はいつも『何か』に引き合わされているような感覚がする。不思議だ。いつだって、お互いの人生時計のとても重要なタイミングで、神秘的な第三者によるマジカルな力が働いて、カレンダーに予定が書き込まれている気がするのだ。

《 Fと ごはんに行く 》

 Fとの付き合いも、もうだいぶ長くなってきた。
 20代の前半で出逢ってから、お互いのキャリアの浮き沈みや、家族や兄妹のこと、大小さまざまな恋愛も見てきた。だからだろうか、わたしたちの間に流れてきた時間は、実際よりももっと濃いような気がする。年に数回しか会えなくなった近年では、特にそう感じている。
 休暇がはじまった11月上旬から、ちょうど一ヶ月がたった今、わたしは自分の5年後の姿を毎晩のように考えている。それは、『どのような自分になっていたいか』という、未来の理想に関する思考だ。
 そこには実際的なキャリアや経済面に関すること、結婚や出産などの具体的な希望も含まれているけれど、未来の理想に関するとても大切な要素として『どのような人間になっていたいか』ということをよく考える。きっと、前職までのキャリアを通して、理想どおりにはいかず、できなかったことや、なれなかった自分というのがたくさんあるからだと思う。けれど、自分ひとりで思考してばかりでは、自分の顔は見えないものだ。
 だからわたしはFに会いに行ったのだと思う。自分がどんな人間なのか、『今の自分』を知るために、Fが持っている鏡にわたしの顔を映して見せてもらおうと思ったのだ。

 彼女はいつだって、わたしに素晴らしい予感をさずけてくれる。そして、今回もそうだった。
 Fに会って話しをしているうちに、もうすぐ、わたしの人生におけるあたらしい章がはじまるような予感がした。その為には、わたしが心の奥底に抱え込んだままの臆病な少女とは、お別れをしなければならないだろう。その少女は、わたしが何かに挑戦しようとすると幻のように現れて、こう言うのだ。

《 やめて、そんなのこわい、おうちに帰れなくなっちゃうもの 》

 誰しもが大人として成長していく中で乗り越えていく通り道を、わたしは逃げながら隠しながらここまで進んできてしまった。けれど、それももう終わりなのだ、強くしなやかに将来を切り開いていくために、勇気を奮い起こして挑戦しなければならない、そう思った。

 その挑戦の本質は、きっと、とてもシンプルなことで、『自分に自信を持って必要な責任をしっかり担う』ということだろう。『自分はなにがやりたいか』ばかりを考えて、思考で窒息する時代は一旦ここで休止するのだ。『今の自分になにができるのか』を考えることが、30代を目前にしている今のわたしには必要なのだと思う。

 『何かひとつを選択したら、そこから先の将来全てが決まってしまい、きっと不自由に潰されて身動きが取れなくなってしまう』そう恐れていた20代前半と今のわたしはもう違うから、また数年後には、こうして長い思考をするために必要な、静かな分岐路に立つタイミングがやってくるのだろうと想像できる。それだけで、心は自由になれる。だから、目の前のことを頑張るのだ。
 
 Fは不思議な人だ。周囲の人間を明るくするようなオーラがある。会話を楽しみながら、相手の未来をポジティブにする道筋を照らし出してくれるのだ。彼女にだけは、いつの時代のわたしの姿も見せてきた。良い時も悪い時も、わたしがわたしであるということの、わたしが感じる喜びと苦しみについても。彼女もまた同じように、色々な時期を過ごしてきたこともわたしは知っている。持ちつ持たれつ、のんびりと、わたしたちは友情を育んできたのだ。そしてきっと、お互いに一生話さないような、いくつかの秘密も隠し持っているのかもしれない。
 しかしそれでも良いのだ、お互いがお互いにとって、大切な友人であるということに、一切の曇りはないのだから。

 突然トンチンカンな発言をしたり、一般社会からみればルーズな一面もいくつかあるかもしれない。けれど何よりも、Fはわたしの親友であり素晴らしいメンターだと感じてやまない。

2013/12/07

パッションよ、いずこへ

《 写真じゃないアルバムもなかなかいいかもしれない 》


 彼のように何かに熱中したことが、ここ数年のわたしにあっただろうか。

 甥は現在5歳。毎月、何度も我が家に遊びにきては、たくさんのお絵描きをして帰っていく。
 スケッチブックなどに描いてあるものもあるけれど、ほとんどはコピー用紙の裏だったり、小さなメモ帳の切れ端だったり、広告の裏紙だったりする。彼が絵を描きたいという衝動に駆られた時、大人たちはすぐさま紙を用意しなければならないので、急いで用意できるのは決まって身の回りにある日用的な紙になるからだ。
 甥は紙を得ると、すぐさま描きはじめる。躊躇しない。子供特有の集中力がきれるまでは一心不乱に描いていく。しかも彼は『どんな紙に描くか』ということに関しては、ほとんど頓着していないようで、わたしはそこがすごくいいなと思っている。まるで、インスピレーションが湧くままに絵を描かずにはいられない、本物の画家のようだからだ。
 現代画家の奈良美智さんのアトリエ風景を、昔ドキュメンタリー映画で観たことがあるが、奈良さんのアトリエはとても散らかっていて、紙切れや机や壁にもイタズラ描きのような絵が至る所に残っていた。わたしの甥が見せる絵描きとしての姿は、そのアトリエの風景にすこし似ているように思う。
 そうして衝動的に描かれた数々の絵は、我が家の至る所にちりじりに保管されていたり、おもちゃ箱の中に紛れ込んでいたりもする。だから、「あの時描いていた『あの絵』をもう一回見たいけど、どこにやったかな?」ということが、よくあるのだ。

 年末にかけて早めの休暇に入っているわたしは、これまでに甥が描いた大量の絵をきれいに整理する作業をはじめた。
 写真で成長記録を見返すように絵にも今日に至るまでの時間がつまっているように見えるから、甥の描いてきた絵は、すべて、捨てられない。見返していると、大人たちが描いた絵に色塗りをはじめた、最初の時期があったなと思い出す。それから、小さな手で一から自分の絵を描きはじめた時期があった。今では、画用紙いっぱいに、はみ出さんばかりの大きな絵を描けるようになった。

 ここ2年ほど続いている甥の絵を描く情熱は、見ていて感心してしまう。というよりも、むしろ、わたしは彼のもつピュアな情熱がうらやましいのだろう。
 わたしは今、何かに無我夢中になりたい。

2013/12/06

こんなことでも君への愛しさが増す

《 内また くん 》


わたくし現在休暇中なので、
毎週金曜日は甥の保育園へお迎え当番です。

会社員の姉の代わりに迎えに行って、我が家へ連れて帰っております。

そして保育園に行ったら、まさかの赤パンおそろでした。

甥がみずから選んだ服ではなかったとしても嬉しかったので、
二人で夕方の帰り道をスキップしながら帰りました。



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