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2014/02/14

{ Music } 初恋に捧ぐ/初恋の嵐

 わたしは昨年、とんでもなくどうしようもない片想いを経験し、相変わらず恋に恋して爆走、そこからの妄想、さらには暴走という、どうしようもない夏を過ごしてしまった。そして秋頃には「もう当分、恋とはおさらばだわ…」という、傷心からくる逆振れリアクション、もしくは防衛本能とも言える『No More 恋愛!』宣言を友人たちを相手に繰り返していたのだった。
 20歳の頃と相変わらぬ未熟な恋愛観を繰り広げるわたしの姿に、またもや友人たちに大きな溜息をつかせ多いに呆れさせていたわけだが、彼らにとってはいつも通りの展開だったかもしれないが。

 そしてその宣言通りというべきか、春を目前にした現在、自分の今後のキャリアについて(数年ぶりに)真剣にフォーカスしているため、恋愛にアンテナが向けられる余地もなく、そして哀しいかな、はっきり言って出逢いもなく、地味な転職活動を継続中だ。

 そんな日々の中、久しぶりに素晴らしい音楽を聴いて恋愛体験の輝きことを思い出した。思い出させてくれたのは、初恋の嵐というバンドの音楽だった。





 初恋の嵐による『初恋を捧ぐ』というこの音楽。なんという軽快なポップチューンか。

 かつてわたしが中学生の頃に愛した90年代のジャパニーズポップスそのものだった。そして、この楽曲と共に恋愛の思い出にまつわる明るい光景の手触りが一気に押し寄せてきた。
 
 わたしはこれまで、直球型の幼い恋愛を繰り返している自分自身をかなり恥じていたが、この楽曲を聴いたことで、毎回の恋愛の中、初恋のような感覚を持ってきた自分は案外幸福で、とんだハッピー野郎じゃないかという解釈にかわった。なんとポジティブだろうか。
 恋を愛へと育むように成熟していきたいと思いつつも、恋の嵐に巻き込まれる夢中な感覚も忘れたくないなどと思った。

 そして25歳で亡くなってしまった『初恋の嵐』のボーカル西山達郎氏が、90年代を代表する偉大な詩人であったことを受け、「誰かもっと早く教えてよ!」と叫びたくなった。

 西山達郎氏の繊細な感受性と、言葉を話しはじめたばかりの子供のような率直で偽りのない表現力は、初恋の初々しくも痛ましい真理をポップチューンに乗せて見事に歌い上げている。
 本当に素晴らしい作品に多様な解釈を施すことはナンセンスだと、かつてスーザン・ソンタグ女史は『反解釈』の中で書いていたが、この楽曲こそ、まったくその通りではなかろうか。作品は作品そのもので受け止めるしかなく、難解な解釈の余地はないと、号泣して聴きながら考えていた。


  全てを台無しにするような
  大切なものを 心に放り込んでくれないか
  夢から醒めたいんだ 僕に答えを見せてくれ


つまりそう。初恋とは、そういうものなのだ。




***


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2014/02/03

1ヶ月を振り返る

《 毎日旅行みたいな気分でいられたらね 》


Somewhere is calling me but I might not go there.


 『約一ヶ月ほど、ブログを更新しなかったのは南国に旅行に行っていたからです。』というのは妄想で、本当はもっと地味で行き詰まった気分にさせられる生活をしていた。
 だからようやくはじまった2月に、今はすがるような思いでいる。今日はここ数日のうちでもいちばん暖かく、春を感じさせるような新鮮で暖かい風が吹いていた。部屋の窓を開けたまま過ごせたのもとても久しぶりだったような気がするから、冬はもうじき終わるのだろうか。わたしの鬱屈した生活も元通り健康的な生活になるのだろうか。

 年始は家族と一緒の正月を落ち着いて過ごすことができて、丁寧な生活をおくっている自分にもとても満ち足りた気分だった。しかし、さすがと言うか残念ながらと言うか、三日坊主のわたしの生活が崩れ出すのはあまりにも早く、この2週間あまり、情けなさでいっぱいで引き攣った笑顔で太陽に向かって空元気に微笑む毎日だったような気がする。
 しかもストレスが溜まると、悲しいことにわたしは何よりも過食に走ってしまう。食事をすることも料理をつくることも心から大好きなのに、衣食住でいちばん好きな『食』に、わたしのストレスの影響は出やすいのだ。しかも、よけいな脂肪がついて動きにくくなった自分の身体に辟易するし、鏡に映る自分の姿にまたストレス増加して食べる。こういった過食サイクルが始まってしまう、イコール、八方ふさがりのオーマイファッキンシット状態で、自己埋没気味になっていくし、日常の様々なことに対して自信がなくなり、消極的になる。そして、『食』への影響のみならず、『衣』や『住』にも大なり小なり影響が出てくるのだ。
 まず手はじめに、休みの日は一日中パジャマでもいいかと思うようになる。その日の天気が曇りだったり雨だったら、さらに最悪だ。悪天候ならば家に引きこもるしかないし、それはまるで天から指令を受けた療養命令のようなものだと自己暗示に走る。つまり、自堕落なアラサー女に転落寸前のわたしはとても貪欲で図々しいので、あらゆるもので自分を正当化できるし、すべてを甘い誘惑に解釈できる思考回路がフル回転するのである。一日中パジャマのまま部屋にいることが、自分自身へのほんの些細な甘やかしだったはずなのに、天候などの本来無関係な状況がネットショッピングのお買い得パックのようにあれよあれよとわたしの言い訳に付随して、最後は奇跡的な正論を導きだしてしまうのだ。
 そうしているうちに、洗い上がった洗濯物をクローゼットにしまうことすら億劫になり、そして最後には、鏡に映るどこかで見かけたことのある無惨な姿のアラサー女相手にストレスが爆発し、中指を立てながら責め立てたい衝動にかられるのだ。
 そしてこのように哀しい真実と妄想の世界を文章化してブログに載せるならば、そのエネルギーをもっと有効活用できないものかと、頭を抱える。そんな負のサイクルだ。

 わたしのストレスが過剰に増えた決定的な原因は、個室で30分間、知らない大人に自分のキャリアをせせら笑われ、馬鹿にされたことが原因だということは分かっている。どこでそんな非道な目に合ったのだと誤解が生まれる前に訂正しておくと、わたしは現在転職活動中で書類選考や面接が始まっているのだ。そして端的に言うと先日受けた一つ目の面接はうまくいかなかった。
 広く就職活動というのは本当に辛い。年末からの長い休暇を明けたばかりで休みぼけも多いにあったが、それを差し引いても、就職するということの重圧と過酷さをわたしはすっかり忘れていた。呑気なものだ。
 このブログを通して、少なからず自分の言葉を書こうとしてきたので、自分のことを分析するのが少しは得意な方だと思っていたけれど、それは過信だったと今になって思う。
 自分の目指す目標を活字にすることや自分自身の人間性を見つめ返すこと、自分の特性に名前を付けてカテゴライズすること、自分のこれまでのキャリアを棚卸しすること、それら全てを結集させて過去から現在に至る迄の壮大な物語を面接官や採用担当に印象良く語り聞かせるという行為など、就職活動はすべての段階で叫び出したくなる程のプレッシャーと面倒臭さがある。しかも過去をプレイバックしていく中で嫌でも思い出してしまう数えきれないほどの自分の汚点に苦しめられたりもする。ひどい恋愛や、若さゆえに無責任だった約束などもその汚点には含まれている。(このブログを読んで頂いている素敵な読者のあなた様にも、赤面するような汚点のひとつやふたつあったなら、自虐的なアラサー女のわたしには願ってもない癒しになるのだが。名乗りをあげてくれたら、お互いに傷を舐め合って慰め合いましょうと誘いたくなる。そして、淹れたてのホットコーヒーをマグカップ一杯にお注ぎしたい。)
 わたしは今、世界中のあらゆる年代の求職者と共に、キャンプファイヤーを囲んで歌い明かしたいほど彼ら同胞達のチャレンジを応援したい気持ちでいっぱいだ。
 とてもシンプルなことだが、『働いて(お金を稼ぎ)生きていく』という大人の基礎テーマは険しい道なのだ。その現実を、繰り返し脳みそに刷り込んでいる。この世はおとぎの国ではないことはこれまでも何度も理解していたつもりなのに、少女漫画の世界を引きずったままの哀れな脳みそは、簡単に現実世界を上書きしてしまうのだ。何度でも。

 そんな訳で、まだたった2週間しか経っていないのに就職活動のストレスでわたしは過食に陥っていた。
 しかし今日の午後、突然、悪夢の魔法が解けたように我にかえったわたしは、吐きそうな恐怖と戦いながら風呂場の体重計に乗ることにした。体重計というおせっかいで几帳面な正直者に協力を仰ぎ、おとぎの国から帰還する為にも現状の自己理解をさらに促そうと試みたのだ。
 そしてこの2週間の自分がいかに乱れた生活をしてきたかという結果を、著しく増加した数値として眼前に突きつけられ、気絶した。
 再び目が覚め、倒れていた風呂場からなんとか自室に這い出して、ひとつだけ決意をした。『なんにせよ、ダラダラしないで、メリハリをつけよう、転職も生活も』。
 やりがいをもって働いて、しっかりとお金を稼ぎ、丁寧な暮らしをしつつ、友だちと遊び羽目をはずし、時には旅に出る、これが目下わたしの理想的社会人像だ。
 手はじめにスーツケースを数年ぶりに出してみた。旅に出る時のようにコンパクトな身支度をして、ただ見知らぬ土地に飛び出すだめに。


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